ニューヨークで過ごした1970年代

『ジョン・レノン、ニューヨーク』ニューヨーク時代のジョンに焦点を絞った作品

ジョンはいったい何を求めていたのか?!

ジョン・レノンはハウス・ハズバンドのときに、就寝前には読書をして休んでいました。読んでいた本は宗教の本、心象現象の本、精神科学についての本などです。ビートルズ時代にもメンバーと一緒にマハリシ師のもとでスピチュアルレッスンを受けています。ハウス・ハズバンド時代に日本へ来日していた際に、禅に改宗しとコメントしています。仏教へもかなり傾倒していたようで、空海が開いた高野山にも仏教を肌で感じるために、修行へ取り組みました。ジョン・レノンはなぜ人生のパートナーにオノ・ヨーコを求めたのでしょう。

ジョンの求めたものとは

ジョン・レノンは生まれた家庭環境で母親の愛情を知らずに育ちました。父親は商船の乗組員として航海へ出ていて、ジョンの母親は他の男性と同棲中。ジョンは母親の姉メアリーのミミ叔母さんのもとで育てられています。ジョンが6歳になった時に、商船の乗組員の父アルフレッドが帰国したため、父親に引き取られて数週間の間一緒に暮らしますが、母親のジュリアがジョンを連れ戻しにやってきましたが、ジョンはわずか5歳の時に父を選ぶか母を選ぶかの選択を迫られました。

ジョンは母親のジュリアを選びますが、ジュリアはジョンと暮らすことはなく結局ジョンはふたたびミミ叔母さんの元へ預けられることになり、ジョンは母親と住むことにはなりませんした。このときが深い心の傷としてジョンの心にずっと残ることになりました。結局、帰国していた父親も行方不明になりジョンが父親と再会するのは、ジョンが成功してからのことです。ジョンがビートルズのメンバーとして地位を確立してからのことです。いわゆる有名になった息子にたかりにきた。という表現が正しいようです。


最高の誌は俳句、最も優れた絵画は禅画

ジョン・レノンは亡くなる直前に、雑誌の取材のインタビューで自分のアルバムについて語りまたその中で「シンプルでストレート。それがボクが常に求めていること。ボクに取って最高の誌は俳句で、最も優れた絵画は禅画だ」と語っています。

美術学校時代に友人が東洋文化を専攻していたこともあって、ジョン・レノンはもともと東洋文化に興味を持っていました。そしてオノ・ヨーコと出会う前からすでに「禅」や「空」の概念について好奇心を抱いていました。

ジョンはヨーコに白隠禅師の画のどこがいいのか?を尋ねます。「西洋の画家は絵を完成させるために、何度も線をなぞるけど白隠は一度書いたらそのままでよしとする」とオノ・ヨーコは答えたといいます。ジョンは美術学校時代に西洋画家について学んでいますが、オノ・ヨーコに出会って前衛芸術家として活躍していながらも、禅についても詳しい東洋の教養も知っているヨーコにたちまち夢中になったのも頷けます。

オノ・ヨーコのイメージは腰まで長いロングヘアーに、意志の強さを感じる太い眉毛。おそらく日本人の女性の中で、一番有名な人ではないでしょうか?!前衛芸術家として自分自身の作品もたくさん発表してそれをまた認められていますが、ジョン・レノンがハウス・ハズバンド時代には財産管理という面でも手腕をふるってジョン・レノンの版権管理にはかなり卓越したビジネス手腕を発揮したといわれています。

ビートルズが解散したのはあいつのせいだ!と長年に渡って言われ続けていましたが、そんな批判に屈することなくジョン・レノンの想像の源としてジョンに大きいな影響を与え続けた女性です。実際にはビートルズの解散はヨーコが原因だと長年言われて続けていますが、ポール・マッカートニーが「オノ・ヨーコはビートルズ解散とは無関係」と明言すると共に、「僕はヨーコについて悪いことしか聞かされてこなかった。ヨーコがビートルズを解散させたわけではない。崩壊は既に進んでいた。」そして「彼女なしでは、ジョン・レノンの「イマジン」は生まれてこなかった」とオノ・ヨーコを賞賛しています。このポールの発言はイギリスでも大きな話題となり、オノ・ヨーコもポールに対して公式に感謝の意を表しています。

まさに、ジョン・レノンの言葉をそのままかもしれません。『彼女は僕の弱点。彼女は僕の力の源。こんなに素晴らしいもの ほかにはないよ』…ジョン・レノン

ジョン・レノンが禅の影響を受けた作品

1968年『Across The Universe』
… ビートルズ時代の作品で、実質的にはジョン・レノンの作品だとされています。美しい歌詞が特徴的ですが、禅の世界が広がっているとも言われていて曲の中にあるJai Guru Deva Om~のくだりは、神に感謝という意味です。
1968年『Julia』
… ビートルズ時代の作品ですが、ジョン・レノンがひとりで録音した作品です。ジョン・レノンの母ジュリアではなく、オノ・ヨーコに捧げた歌で簡潔な歌詞が禅を思わせます。
1969年『I Want You』
… ビートル時代の作品で、こちらもジョン・レノンがオノ・ヨーコに捧げた歌です。単純な歌詞が並ぶため、発表された時にはジョンの才能は遂に枯渇したとまで言われましたが、禅の影響そのもので、歌詞はとても簡素化されています。
1969年『Because』
…アビー・ロードに収録されている中で、ポールとジョージが一番好きな曲です。詩が哲学的にになっていて「地球が丸いから、ぼくはうっとりする」といった内容です。
1969年『Two Minutes Silence』
…タイトルの通りに、まさに2分間の沈黙。「無」が表現されていますが音楽と言うようりこの作品がおさめられている作品は前衛芸術もしくは、遊びでもあるよな気がします。
1970年『Love』
…愛の概念について、シンプルな歌詞で歌われています。松尾芭蕉の句集からインスパイヤーされているともいわれています。
1971年『Imagin』
…人類愛や平和を勧める歌として知られていますが、とても数少ない言葉で中学生でも分かるような言葉で表現されていることから、禅の精神が表れているといわれています。
1971年『Oh My Love』
…イマジンに収録された曲で「愛とは?」といった禅問答を思わせる歌詞になっています。
1973年『Nutopian International Anthem』 
…ジョンとヨーコ1973年4月1日に創設した「ヌートピア」の歌詞になっていて、曲の内容は6秒の無音状態もあり前衛的な側面がつよい楽曲です。

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ジョンとヨーコ